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麦秋〈Early summer〉


 暑い。暑すぎる。2589年、夏。

 夏の暑さが過酷なのは今に始まったことじゃない。ハルビノーチカの夏は毎年こうだ。いちばん暑い盛りには気温40℃を超える日が半月以上続く。このグリル期にこんがりと料理されないよう、この地下都市のすべての居住施設にエアコンの設置が義務づけられている。

 それはこのうらぶれた小劇場の屋上に建て増された、ほとんどバラックみたいな貸し部屋も例外ではなく、こじんまりとした部屋の天井にレストランの厨房なんかで使う強力なやつが据え付けられている。が、いまは動いてはいない。

「ねえ、暑いよ。ユーシア。考えたんだけど、そこらに水をまいたら少しは涼しくなるんじゃないかな」

「アタシはいま、おまえを売り飛ばしたらいくらになるか考えてる」

「まだ怒ってるの。怒ってるのは嫌だな。暑さのせいだよ、ユーシア。しかたないじゃない。ぼくがドアロックを破らなかったら」

「いまごろ涼しい部屋で寝てたさ」

 いまはこいつと無駄な会話をしているだけで頭がゆで上がってしまいそうだ。ユーシアがじろりと睨みつけてやると、野良猫のような同居人──シズカは赤い革張りのソファーにうつ伏せに寝そべりながら、恨めしげな視線を返してくる。前回の仕事もそう、その前も。この女が仕事についてくるとろくなことにならない。

「フンだ。ユーシアなんてあのまま処理層で生ゴミと一緒に肥料になっちゃえばよかったんだ。もうぜったい助けてあげないから」

 前回の仕事は外縁部の壁団地10階の部屋でのエアコン補修で、おさないころからエアコンをバラして暮らしてきたユーシアにとってはとくに難しいことのない、楽な部類に入るものだったのだが、室外機の設置してあるベランダがまずかった。この壁団地と呼ばれる住居群は岩壁を掘って埋め込まれたような粗雑な構造で、それゆえ崩落の憂き目に遭いやすい。とくに岩壁からせり出しているベランダ部分が上の階層からの落石で破壊されているのが常だった。その客の部屋も、落石でベランダの一部が崩壊したときに室外機をやられたらしい。そこで、空き部屋だった上の階の部屋からロープを垂らしてぶら下がりながら修理作業をすることになったのだが、シズカに命綱をまかせたのが失敗だった。よりにもよって赤錆だらけのベランダの手すりにロープを縛ったせいで、いざユーシアが腹にロープを結び付けて体重を預けたとたんに、ばきん、と音を立てて手すりが外れた。あわや落下死というところで、ちょうど下を通った衛生局のゴミ収集車に満載された生ゴミの袋の上に落ちたので助かったのだが、気絶していたユーシアはそのままゴミ処理センターまで輸送されて生ゴミと一緒に巨大な堆肥化処理層のミキサーに突っ込まれた。

 シズカは団地の共通玄関に停めてあった出前ピザ屋の電動バイクをかっぱらうと収集車のあとを追って処理センターに侵入し、施錠された制御室のドアを自前の刺突爆雷で吹き飛ばして処理層のミキサーを非常停止させた。おかげで助かったのだから感謝しなければならないといえばそうなのだが、そもそも誰のせいでゴミの山に頭から落ちる羽目になったのかといえばシズカの判断ミスのためだし、シズカが盗んで壊したバイクの修理費と積んであったピザ代、吹き飛ばしたドアの修理費、しまいにシズカの爆薬代までまとめて請求されては、どうもありがとう、と感謝する気にはなれなかった。

 その費用の清算でユーシアの儲けはゼロどころかマイナスで電気代も払えず、この酷暑において生命維持装置ともいえるエアコンも使えずに干からびて死ぬのを座して待っているというのがいまの状況だった。

 何度風呂に入ってもしばらく取れなかった生ゴミの発酵した臭いが、この暑さで汗と一緒にふたたび吹き出してきているような気がする。それもこれもぜんぶシズカのせいだ。

ユーシアはシズカを見る。こいつを売ったらいくらになるだろう。腰まで届くアッシュブロンドの髪、何者をも受け入れないかのような気だるげな灰色の瞳。長い睫毛が目許に愁いを帯びさせている。色白で餓鬼みたいに痩せ細った身体は趣味の悪いアンティーク人形みたいで、一部の好事家にウケそうだ。案外いい値がつくかもしれない。

 シズカに関しては、行き倒れていたところを拾って面倒を見ているのだから、ペットみたいなもので、要するにユーシアの財産の一部ということになる。自分のものをどうしようと持ち主の勝手なのだから、どこぞの変態金持ちに売りつけたとしても文句をいわれる筋合いはないだろう。

 しかし、その理屈でいくと、ペットのしでかしたことなら飼い主が責任を取るのは当然で、やはりこの状況は自分でなんとかしないといけないということになる。やぶへびだった。もう考えるのはよそう。わけのわからないことを考えてしまうのはたしかに夏のせいのようだ。ああ、なんて暑さだろう。

 じっとしていてもしかたがない。カネがいる、仕事だ。

「シズカ、もういっぺんあの団地みてきな。仕事探しだ。また落石があるかも。そうだ、ついでにビラも持っていけ。団地じゅうに配ってこい。郵便受けに突っ込んでくるだけでいいから。ともかくデート商法でも自由恋愛の結果でもなんでもかまわないから客をとってくるんだ」

「ぜったいイヤ。なにそれ。ユーシアはぼくのことなんだと思ってるの」

「だっておまえ、昔はしょっちゅう宗教の勧誘で男たらしこんでたんだろ」

 シズカはむくれる。枕にしていたスナネズミのクッションをわしづかみにすると、おもいきり投げつけてくる。暑くて動けない。顔で受け止めた。むぐ。

「そんなことするもんか。宗教でもない。ぼくは正義を追求してるんだ。ユーシアみたいな堕落の極みみたいなやつにはわからないよ。たらしこんだ、だって? 発想が下品なんだよ。だいたい──」

 早口でまくし立てていたのが急に口ごもる。

「……だいたい、ぼくが話すとみんな逃げていっちゃったから。そうだな、いっそホテルにでも誘って寝物語に話して聞かせたらよかったかもしれない」

 シズカは力なく笑い、ひとりでに落ち込んでしまった。そんな誘いにのったあげく、そのままこいつのいう正義の思想に感化されるような男がいたら、そいつはシズカ以上に頭の残念なやつにちがいない。ユーシアはそう思ったが、さすがに口にはしなかった。

 シズカは音もなく立ち上がり、ビラの束をつかんでとぼとぼと部屋を出て行こうとする。その表情は見えない。ゆらゆらと不安定な後ろ姿がなんだか哀れに思えてしまい、ユーシアはつい声をかけてしまった。

「なあ、しっかりしろよ。そうだ、帰りにシスターのところに寄ってもいいからさ」

 その瞬間ぴたり、と歩みを止めた後ろ姿のまま、シズカはビラを持っていない左手を差し出してくる。

 ああ、はい。おこづかいね……。

 言った手前渡さないわけにもいくまい。ユーシアが財布からなけなしの千ソル札をその左手に乗せてやると、シズカはひったくるようにくしゃ、と札を握りしめる。振り返り、にたり、と笑うと颯爽と外へ出て行った。悪魔的だ。あれのどこが正義なんだろう。

 玄関のドアがゆっくりと閉じる音を聴いてから、ユーシアはため息とともにカーペットの敷かれた床から立ち上がる。財布をズボンのポケットにしまうと、なんだか紙幣一枚ぶん以上に軽くなった気がする。ユーシアは思う。わがマニャーセ・トッカン・テイネイサービス社唯一の従業員の日当が近所の喫茶店のフルーツパフェ一杯で事足りるのであれば、むしろ安上がりだともいえる。従業員を雇う必要性がかぎりなく薄いということに目をつぶれば、だが。

 ユーシアは応接間の中央に立ち、あたりを見回す。応接間といっても仕事で客がここに直接来ることもないので、実態は事務所とリビングとダイニングを兼ねた生活空間だ。シズカが寝転がっていたソファーもいちおうは来客用ということになっているが、今ではあれの定位置となっている。そのソファーの前には低めのテーブルがあり、ユーシアはもっぱら床に座ってテーブルに書類を広げて修理点検の報告書の作成や伝票の整理をしている。仕事用に用意したデスクもあるが、そちらは数年越しに集められた大量の書類の束とバインダーが断崖絶壁をつくり、いつ飲み終えたかしれないビールの空き瓶まで所狭しと載せられるだけ載っている状態で、とても作業には使えない。

 いま必要なのは売掛金のバインダーだ。さしあたって取り掛かる仕事がない以上、ツケの回収しか金を集める方法はない。ユーシアたちが裕福に暮らせていないのは、その客の大部分もまた裕福とはいえない人たちばかりだからだ。即金で全額支払える客など数えるほどしか見たことがない。それでもほとんどの客は毎月集金に向かえば、たとえ少額でも支払いに応じてくれるが、なかには家計に余裕がないと泣く者や、居留守を使って出てこない者、こちらを見るなり走って逃げてしまう者すらいる。今度ばかりはこちらも死活問題だ。文字通り命がかかっている。そういった支払い逃れの常習犯たちから金を搾り出させてやろう。ユーシアは笑う。これはもう仕事の集金ではなく、生存競争なのだ。

 目当てのバインダーをデスク上の書類の山から抜き出すと、その大きな山が崩れてあたりに散らばった。書類をかき集めてまた積み直すと、ユーシアは気合を込めて長くうっとおしい髪を後ろで縛り、母親譲りの金髪によく映える黒いリボンを結ぶ。大きなリボンにはわがリペアショップの社名と連絡先も印字されている。年齢的にこんな大きなリボンは恥ずかしかったが、ユーシアは宣伝のためとわりきることにした。身だしなみを整え、最後に護身用の電撃端子付きのナックルグローブ〈スタンパンチ〉を右手にはめる。これがユーシアなりの戦闘態勢だった。スタンパンチは高電圧タイプで、服の上からでもショックを与えることが可能だ。充電池二本で三十秒ほど放電できる。実際にこいつで客をひっぱたくことはないだろうが、これ見よがしにバチバチ鳴らしながらお願いすればこちらの気迫も伝わるに違いない。

 ユーシアは玄関のドアを開けて、照り付ける日射しの下へ進み出る。ふと、こんな荒事めいた仕事のときは宣伝リボンを外すべきだったんじゃないかという考えが頭をよぎったが、ドアの閉まる音にかき消された。ばたん。



 眩しさに目を細めながらユーシアは太陽の位置を探る。ほぼ真上だった。正午をまわったばかりといったところだろう。半球状の地下空間の天井に設けられたレールの上を自走する太陽。高照度の大型投光器を円形に敷き詰めたもので、要は馬鹿でかいルームライトでしかない。本物の太陽はいまも絶えず地上世界を焼いていて、地表を人間の生存に適さない高温に保ち続けている。だから人類はこの地下で暮らしている。そう教えられた。

 地上には青い空が広がり、どこまでも遠く地平線が望める、というのはユーシアが生まれるより200年以上前の記録映像だとか、アーカイブ保存されている地上時代の娯楽映画でなんとなく知っているだけで、もちろん実感としては理解できていない。それでも地上に比べるとこの地下都市はおそらく暗い、というのはユーシアにも想像できた。自走式太陽が地面を照らす光量はたいしたものだが、ユーシアが見上げる空はむき出しの岩盤とそれを支える網の目のような鉄骨で真っ暗に埋め尽くされている。自身や足元は眩しいほどに照らされているのに、見渡す先の風景はつねに薄暗い。それはここが閉じた空間であって、そもそも見えている範囲より先の景色など存在しないからだ。下の劇場のステージとおなじだな、とユーシアは思う。ステージでは演目が終われば観客は夢から醒めるように劇場から出ていけるが、自分たちはこの穴ぐらから出られない。それはもしかすると、不幸なことなのかもしれない。外の暮らしを知らないユーシアにはわからないことだった。

 ユーシアは塔屋から階段を下り、一階のロビーへ出る。二階は演者の控室や倉庫になっている。まえに何度か劇団の手伝いをしたことがあり、だいたいの関係者とは顔見知りだった。玄関を出る前に受付に挨拶していこうと思ったが、誰もいない。まだ寝てるのかもしれない。うらやましい。ユーシアは玄関から外の照り付けを見て、心底、そう思う。ああ、アタシはいまから客をしばきに行くんだ。そう思うと情けなくって涙が出そうになる。よよよ。



 まばゆいほどに照らされたヘイロン環状道路をユーシアの電動バイクが行く。円形都市であるハルビノーチカ外周の少し内側を巡るこの高架上の高速道路は、物資運搬の大動脈として機能している。ピューラミス社の栄養コンビナートから来る大型のトランスポーターの車列のあいだを縫うようにユーシアは走る。ノーヘル運転でちょこまかと車と車の間をすれすれで追い抜いていく様子は、トランスポーターにすれば気が気ではなかった。気づかずにうっかり車線変更でもしていたなら小さなバイクなどドライバーごと即座にぺしゃんこにしてしまっていただろう。迷惑きわまりない。どんどん加速して遠ざかっていくユーシアのバイクを、トランスポーターは肝を冷やして見送った。金のポニーテールが風になびいている。

 ユーシアは環状道路を反時計回りに進む。進行方向にむかって遠く左手には巨大な塔が常に見えている。ハルビノーチカの天井まで繋がるピューラミスタワー。この都市はこの塔を中心に、中心からの距離で近い方からA、B、C地区に分けられ、方角によって時計の文字盤のごとくエリア番号が割り振られる。北を12時として、ユーシアの住む劇場があるのが3時方面。B地区のはずれとなる。いまユーシアが向かっているのが11Cとナンバリングされた高層住宅が集まるエリアだ。

 ハルビノーチカでは外周に背の高い建物が集中している。いちばん外側のC地区は低所得者層の集まるエリアで、同じつくりの高層集合住宅が立ち並ぶ。そこから中心部に近づくにつれて高層建築の数はまばらになり、A地区にいたっては一軒家が立ち並ぶ高級住宅地だ。そこは都市開発最初期の建物が多く、その街並みは歴史と格調の高さを感じさせる。このすり鉢状の都市構造とピューラミスタワーも相まって、都市全体でひとつの巨大なパラボラアンテナのような印象を与える。この狭い地下都市で一軒家に住むという贅沢を許されているのは、だいたいが都市を管理しているピューラミス社の役員やその関係者たちだ。彼らの暮らす中心部の日照権を侵害しないためにパラボラ状の都市が作られている。もちろん自走式太陽の移動する軌道の下にはいっさいの建物を置かず、広い中央通りが東西を貫いている。ハルビノーチカでは住民の暮らしぶりがそのまま中心部からの距離で分けられている。ピューラミスとはよくいったものだ。ユーシアの向かう11C地区はそのピラミッドのほとんど最下層に近い人々の暮らす場所となる。貧しく、活気があり、危険な街。

 ユーシアはインターチェンジを下り、不規則に並び立つ高層アパートメントの中から目当てのひとつを見つけた。バイクを降り、玄関からエレベーターに乗り込む。行き先は45階。建物全体がだいぶ老朽化しているようだ。異音を立てながら上昇していくエレベーターの中で、ユーシアはあらためて顧客の名前を確認する。

 ケーディック・イトウ、17号市営団地D棟45階7号室。スタンパンチのバッテリー残量、98%。ため息をついてエレベーター操作パネルの階数表示を眺めていると、急にエレベーターが衝撃とともに停止した。警報は鳴らない。自動で扉が開いたのでしかたなく降りる。ここは32階だ。大きな窓から風が吹き込み、少しだけ涼しい。

「いったいどうしたっていうんだ」修理に来たときはこんなことはなかった。

「そのエレベーターは上まで行かないよ」ホールのベンチに腰かけていた老婆が言う。「もうずいぶん前から壊れてる」

 エレベーターはもうひとつある。

「じゃあこっちを使えばいいのか」

「そっちも先月イカレたのさ。40階より下には来ない」老婆はエレベーター横の非常扉を指さす。「若いんだろ。足を使いな」

 非常階段を黙々とのぼっていく。ユーシアは上に住んでいる者の苦労を思った。ここの連中は毎日ひいひい言いながらこの階段を往復するのだろうか。市営団地のこととて、満足な補修も期待できないのだろう。40階でエレベーターに乗り、一息つく。まさかこっちのエレベーターまで途中で止まりはしないだろうなとユーシアは不安になる。パネルの表示が無事に45階を数え、ドアが開かれる。

 ユーシアは7号室の前に着くと表札を確認した。イトウ。ここだ。呼び鈴を鳴らす。返事がない。

「ごめんください。HBCの集金です」ユーシアはドアの覗き窓から見えない位置に立ち、扉をノックする。「お留守ですかあ」

 扉の奥でかすかに人の気配。

「う、うちはHBC見てないよ」

「じゃあ水道の集金です」

「はあ?」

「プロムガスでもいいや」

「あんたねえ、いったい何の」うかつにドアを開けたのが運の尽きだった。ユーシアはその瞬間を見逃さず、ドアの隙間にすかさず足を差し入れる。もう閉められない。

「うわっ。アンタ、エアコン屋の」

「どうも、イトウさん。ずいぶんご無沙汰じゃないですかあ。毎度おなじみ、マニャーセ・トッカン・テイネイサービスでございます」ユーシアは笑う。営業用スマイル。しかしその得体の知れない迫力にケーディックは恐れおののく。

「な、何しに来た。帰ってくれ。足をどけろ」

「それはないでしょう」ユーシアはドアの隙間から修理点検項目の明細と請求書のコピーをケーディックの鼻先に突き出す。

「お支払い期日を過ぎて今日まで、ずっと音信不通でしたので何かあったかと心配でこちらから参上したんですから。お変わりありませんようで」

「あ、あわわ……」ケーディックは口をぱくぱくさせて何か言おうとするが、言葉にならない。

「ああ、涼しいお部屋ですねえ。こちらで施した処置は問題なかったようで何よりです」ドアの隙間から漏れ出る冷気がユーシアの頬を撫でる。ケーディックはハッとしたようにふたたびドアを閉めようと力を込めたが、びくりともしない。

「それではお支払い願えますか。8万5342太陽元(ソル)。耳を揃えて、いや三つ指も揃えてもらいましょうか」ユーシアはドアの隙間から右手を見せつけ、ぐっと握りこぶしに力を込める。拳の先、電撃端子が音を立てて青白く閃光を放つ。

「ああ、もし持ち合わせがなくてもかまいませんよ。そのときは今ここであなたをのして、家探しするまでだ」それだけ言うと、ユーシアは猛然、両手でドアをつかんでこじ開けようとする。

「ひいい」悲鳴をあげてケーディックもドアノブを必死で掴み、ドア一枚を隔てた一進一退の醜い攻防戦が繰り広げられる。

 ユーシアは観念しろと叫びながら、足をドア枠にかけて体全体でドアを開く。じりじりとドアの隙間が大きくなり、勝ったと思われた瞬間、ケーディックはドアを閉じる力を逆に外へ向けて押し出した。ユーシアは勢いあまってドアが開くと同時にひっくり返り、しりもちをついて壁に頭を打った。その隙にケーディックは逃げ出す。

「助けてくれ!ころされるう」

「まてこら!金払え!ころすのはそのあとだ!」

 ケーディックは廊下を全力疾走し、エレベーターへ飛び込む。ユーシアはわずかに遅れて間に合わない。扉が閉じ、エレベーターは上に向けて動き出す。

「うそだろ」使えるエレベーターはそのひとつだけだ。

 ユーシアはなかばやけくそになって非常階段を駆け上る。ちくしょう、ぜったいに、ころす。

 エレベーターが途中で止まった様子はない。やつめ、屋上では逃げ場がないだろうに。追い詰めてジ・エンドだ。


〈鈍意執筆中……〉


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